一般的に立退料とは、「借主が建物を明け渡すことによって被る損失を補償するために貸主が支払う金銭」のことを意味します。
しかし、立退料については法律上規定がなく、立退料の支払自体が制度上確立されていないため、立退料の明確な算定基準はありません。不動産鑑定評価基準においても、立退料を構成する要素である借家権については定めがあるものの、補償としての立退料については明確な算定基準はありません。また、立退料は店舗のような個別性の強い用途の場合に発生するケースが多く、一定の基準で評価することが難しいことも事実です。
このように立退料には明確な算定基準がなく、個別性が強いケースも多いことから、適正な水準を把握することが困難であるため、不動産の専門家である不動産鑑定士による評価が必要とされるケースは多々あります。
では、明確な基準がない中で不動産鑑定士がどのように立退料を算定するのかですが、実は、立退料の明確な算定基準はありませんが、国や都道府県のような地方公共団体が個人の土地や建物を収用する場合には、「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱」などの用対連基準という基準があり、この基準に基づいて損失補償(実質的な立退料)が算定されます。不動産鑑定士が立退料を算定する場合においても、この用対連基準の考え方をベースに算定するケースが多いと思います。
立退料は次の2つの要素から構成されると考えられます。
①借家権価格(現行の賃料が割安である場合において賃借人が借り得している部分の対応する利益など)
②借家人の移転コスト(営業休止することによる損失、業績回復に要する期間の補償、機器や設備の移転費用、移転先の内装費用など)
①借家権価格
借家権価格とは、ほとんどの場合は、立ち退きされる借家の賃料が周辺の賃料水準として比較して割安である場合に、標準的な賃料と現行賃料の差額(借り得部分)が継続する期間に対応する利益として評価されます。
具体例としては以下のようなケースが考えられます。
まず、本来は月額100万円の賃料の物件が月額90万円で借りられている場合、月10万円(100万円-90万円)の借り得が生じていることになります。そして、この賃料で借りられる契約期間が後10年あるとすると、立ち退きしなければ、1200万円(10万円×12カ月×10年)の利益があったことになり、これが大まかな借家権価格となります(厳密には現在価値、保証金の運用益、礼金の運用益及び償却額等を考慮して評価することになります)。
②借家人の移転コスト
借家人の移転コストの主なものとしては、営業休止することによる損失、業績回復に要する期間の補償、機器や設備の移転費用、移転先の内装費用等が考えられます。
各費用を算出の大まかな考え方は、以下のとおりです。
a.営業休止することによる損失(休業補償)
営業を休止すると、その期間の収入はなくなる一方で、従業員の給与や固定費等の費用は継続して発生します。そのため、これらに対応する補償が必要となります。また、店舗等の事業用の不動産ではこの休業補償が立退料を構成していることが一般的です。
休業補償は主に以下の要素を合算して算定します。
・営業休止期間中の逸失利益(例:年間営業利益×営業休止期間(月)÷12カ月 等)
・営業休止期間中の従業員の給与(休業手当)、福利厚生費(例:平均賃金×補償率(80 / 100 を標準として 60 / 100 ~ 100 / 100 の範囲の率)×補償期間(日) 等)
・営業休止期間中の固定費(例:減価償却費、保険料、リース料、租税公課等)
b.業績回復に要する期間の補償(得意先喪失補償)
店舗等が移転すると移転前のエリアで獲得していた得意先が失われる可能性があるため、その喪失分を回復させるために要する期間の補償が必要になります。
得意先喪失補償については、「損失補償基準細則」に記載されている業種ごとの売上減少率を参考に以下のように算定します。
得意先喪失補償=年間売上÷12カ月×売上減少率×限界利益率
※限界利益率は(固定費+利益)÷売上高または(売上高-変動費)÷売上高により算定
c.機器や設備の移転費用(動産移転補償)
立ち退きにあたって借家人が什器、在庫等の動産を移転先に移動させるための費用です。
動産移転補償は通常、[移転に必要なトラックの台数×運賃(台)]によって算定されますが、ユニック車で吊り上げないと運び出せないような動産があるケースでは、追加でユニック車のレンタル料金等を加算する必要があります。
d.移転先の内装費用(工作物補償)
飲食店等の店舗は通常はスケルトン貸で内装は借家人が行うため、移転先で行う内装工事の費用が発生します。
工作物補償については以下のように算定します。
工作物補償=内装工事費単価×移転前の賃貸面積×補償率
内装工事費単価については、基本的には移転後の内装工事費の見積もりをベースに単価を算出しますが、これに乗じる面積は移転前の面積を採用します。ここで移転前の賃貸面積を採用する理由は、あくまで同程度の規模の借家に移転するための補償であるからです。最後に乗じている補償率は、移転前の内装工事のうち既に償却済みである部分は補償の対象とならないので、償却の状況を反映させるための比率です。
e.その他の移転にかかる費用(移転雑費補償)
上記以外の移転にかかる費用としては、移転先の借家を契約するためにかかる仲介手数料、営業所移転にかかる各登録変更手続き費用等があり、これらの各費用は実額、交通費、人件費等を考慮して算定します。
以上のように、適正な立退料の算定するにあたっては様々な要素を考慮する必要があることから、専門知識がないと算定することが難しく、こうした場面においては専門家としての不動産鑑定士の評価が立ち退き交渉の円滑化に役立つといえるでしょう。
また、実務的には立退料は個別性が強いため、鑑定評価書ではなく、意見書のような鑑定評価基準に則らない評価として評価することが一般的であり、当事務所にご依頼いただいた場合も、原則としては意見書としてご対応させていただきます。